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目次オリンピック

第16回大会(1956・メルボルン。馬術のみストックホルム)

開会式11月22日~閉会式12月6日。参加国67、選手数3539。南半球での初の大会であったが、IOCはこの決定のとき重大なミスを犯した。オーストラリアの法律では馬の移輸入に6か月の検疫期間があることに気づかなかったのである。そのため馬術競技だけが29か国チームを集め、6月10日から17日まで、ストックホルムで開くという一都市開催を規定した憲章に違反する変則的な形となってしまった。メルボルンの準備も、一時放棄の段階にきたと思われるほど進捗(しんちょく)せず、大会が始まってからも通信関係の連絡が悪く、各国から非難を浴びた。大会直前スエズとハンガリーに動乱が起こり、大会出場のハンガリー選手のアメリカ亡命事件や、水球におけるハンガリー対ソ連戦での乱闘事件などが起きた。競技はソ連とアメリカの白熱戦に終始したが、水泳で地元オーストラリアが男女13種目中8種目に優勝、このオリンピックは南半球のスポーツ界のよき刺激となった。日本は116人(うち女子16)の選手が参加、体操の小野喬(たかし)が鉄棒で金メダルなど、注目を集めた。レスリングでは笹原(ささはら)正三、池田三男が優勝。
 ストックホルムでの馬術競技は、ヨーロッパ王室を一堂に集め、中世騎士道華やかな時代を再現した形であった。馬術だけの優勝数は(1)スウェーデン3、(2)ドイツ2、(3)イギリス1であった。優勝数(1)ソ連37、(2)アメリカ32、(3)オーストラリア13。



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関連項目かんれんこうもく

参考文献さんこうぶんけん音声映像資料おんせいえいぞうしりょう

  • ■鈴木良徳著『オリンピック読本』(1938・旺文社)
  • ■カール・ディーム編、大島鎌吉訳『ピエール・ド・クベルタン――オリンピックの回想』(1962・ベースボール・マガジン社)
  • ■M・アンドロニコス他著、成田十次郎他訳『古代オリンピック』(1981・講談社)
  • ■川本信正監修『オリンピックの事典』(1984・三省堂)
  • ■日本オリンピック委員会監修『近代オリンピック100年の歩み』(1994・ベースボール・マガジン社)
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